ほめて育てる-幸せへの四重奏vol.28-
元渕 舞

私には、飛込のオリンピック選手だった上の姉と、若いころはコントラバス奏者として活動し、いまは教会長夫人として忙しく走り回っている下の姉がいる。私たち三姉妹は両親から愛情いっぱいに育てられた。
私と下の姉が子供のころ、発表会で演奏するたびに、どんなに短い曲でも、両親は必ず聴きに来てくれた。父はいつもホールのドアのところに立ち、怖い顔をしてじっと聴いていた。そして家に帰ると、良かったところをとことんほめてくれた。
オーケストラや室内楽の演奏が終わると、父は真っ先に「ブラボー!」と叫び、仲間たちが「あれ、まいちゃんのお父さんや!」と笑い、私は子供心に恥ずかしかった。大人になってからも、この「ブラボー」は続き、いまのカルテット仲間も私をからかい、笑う。
そんな父が数年前に病気で倒れたときは、いつもの声が聞けなくなり、寂しかった。それ以来、「ブラボー」が聞こえるのは父が健康でいてくれている証拠だと、うれしくなった。
姉が飛込の練習をするときも、父は天理プールの観覧席に座ってじっと見守っていたのをよく覚えている。そして姉が3度のオリンピックに出場するたびに、家族を連れて応援に駆けつけ、その年の暮れには南紀勝浦の温泉に連れていってくれた。父は、姉の頑張りを妹二人が必死で支えたことへの褒美だと言った。
母は毎日、朝ごはんをちゃんと最後まで食べないと学校に行かせてくれなかった。ほとんどの子は学校給食だったが、うちは3人とも母のお弁当を希望した。中身はいつもバラエティーに富み、毎日開けるのが楽しみだった。母は子供たちの弁当の食べ具合で、一人ひとりの健康状態まで見ていたのだという。
子供のころは、親とはそういうものだと思っていたが、自分が親となったいまは、それがどんなにありがたかったかよく分かる。何があっても両親が愛してくれている、私のそばにいつも一緒にいてくれているという絶対的な安心感があった。そして、その確信が自分の自信につながっている。
私は、どんな生徒でも、その子の特徴を見抜くのがわりに得意なほうだ。その子のユニークさをとことんほめる。人と違ったところ、ほかの人にはないその子「らしさ」を見つけ、ほめながら導くと、大きく翼が伸びるのを何度も見てきた。
違っていていい。君にしかないその特徴こそが、神様が与えてくれた才能ではないかと思う。そして、それを見つけて育て上げるのが私の、親としての、教師としての使命だと思う。
天理時報2020年3月1日号掲載