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宗教から見た世界 「メメント・モリ」

島田 勝巳天理大学宗教学科教授


3月11日、WHO(世界保健機関)は新型コロナウイルスを「パンデミック」(世界的大流行)として認定した。鳥インフルエンザやエボラ出血熱など、感染症の世界的流行は近年にもあったが、日本がその当事者になった事例は、「ネット社会」化以降では初めてと言えよう。
 ウイルスよりもデマ情報が早く拡散する今日の状況は、「インフォデミック」(infodemic)と呼ばれる。情報へのアクセスの容易さが、人々の不安をさらに掻き立てているのだ。
 洋の東西を問わず、疫病と宗教の間には深い関係があるが、その規模として最大のものは、中世末期のヨーロッパで起こったペストの大流行だろう。1347年に地中海の主要都市を中心に流行が始まったこの疫病は、51年にはロシアにまで達し、70年ごろ一応の終息に達するまで、西欧の総人口のおよそ4分の1から3分の1に当たる約2000~2500万人もの命を奪ったとされる。発症すると体に黒い斑点ができて死に至ることから、「黒死病」と呼ばれた。
 中世末期の西欧は、実に死の影の色濃い文化を育んだ。歴史家J・ホイジンガの名著『中世の秋』によれば、この時代の生のあらゆる局面に、「死を想え」(memento mori)の叫びが響き渡っていた。「死を想え」とは、人生は無常であり、死は誰にも平等に訪れることを忘れるな、との教訓である。この表現自体は黒死病以前から伝誦されていたが、托鉢修道会の民衆説教や木版画によって民衆に浸透し、中世末期の死のイメージの中核を成すに至った。
 800年以上も前のこの教訓の含蓄は、今日のコロナウイルス禍にあってもなお失われていないはずだ。確かに、かつての身分社会は貧富の格差の拡大に変わり、天国への憧憬はAI技術による「復活」の可能性に変わり、死に対する社会としての感受性は大きく変容した。だが、目には見えない疫病への不安を抱えながらも、デマや風評に惑わされることなく、死というものに深く想いを馳せることは、すなわち生の意味をあらためて捉え直すことであることに変わりはない。「死を想え」の叫びが暗示するものは、むしろ現下のような状況においてこそ、多くの人々の心に響き得るのではないだろうか。

天理時報2020年3月22日号掲載