「私には夢がある」-幸せへの四重奏vol.33-
元渕 舞

8月末、急に子犬を飼うことになった。アメリカンブルドッグとビーグルのハーフだ。長年、犬を飼いたがっていた娘たちは大喜びで、「ゆめ」と名づけた。
ゆめの母親は妊娠後、飼い主に捨てられ、飢えに苦しみながらも必死に7匹の子供にお乳をやっているところを動物愛護団体に救われた。そして子供が6週目になったとき、母親は息を引き取った。
子犬たちは愛護団体に飼い主を探してもらい、ゆめはアメリカ南部のアラバマ州から車で2日かけてわが家にやって来た。亡くなったゆめの母親も、どうか子供が助かるようにと必死だったに違いない。「大丈夫、安心して。ゆめは元気だよ」と伝えてやりたい。
28年前、私がアメリカに留学するとき、ホストファミリーになってくれるウォーカーさん夫妻から、パパが黒人だけれど、それでもいいかと聞かれた。私の両親も私も、もちろんオッケーだと返事したが、それから30年近く経ったいま、その質問の意味がよく分かる。
この夏はアメリカの各地で、黒人差別への激しい抗議デモが行われた。デモだけではない。テニスの全米オープンで優勝した大坂なおみ選手は、試合のたびに、犠牲になった黒人の名前が入ったマスクをつけて訴えた。
それらの行動によって、黒人差別の現状があからさまになった。黒人は有名人でも誰でも、警察や住民に銃殺されるかもしれないという恐怖から、夜は一人で出歩けないという現実。周りの家族や友人が、黒人というだけで日ごろから大きな恐怖心を抱いて生活していると知って、私はショックを受けた。「私には夢がある(I Have a Dream)」とのマーティン・ルーサー・キング牧師の歴史的スピーチから60年近くも経っているのに、まだキング牧師の夢にはほど遠い現実を実感して、途方に暮れた。
しかしそこで、私は父の言葉を思い出した。「夢を持て。夢に向かって進め。AかBかどちらに進むか迷ったときは、1ミリでも夢に近いほうに進め。そうすれば、いつか必ず夢は叶う」ーー。思えば私は、遠い星の上にあったような夢でも、すべて叶えてきたではないか。不可能も可能にしてきたではないか。そう思うと勇気が湧いてきた。
私にも夢がある。人間を含む世界中のあらゆる生き物が、差別もなく平和に幸せに暮らせますように。
天理時報2020年10月11日号掲載