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あの日を忘れない-幸せへの四重奏vol.36-

元渕 舞ボロメーオ弦楽四重奏団ヴィオラ奏者

 


この夏、長年親しくしている音楽仲間の娘さんがタオスの音楽祭に参加した。赤ん坊のころから知っている彼女は、2001年9月11日にニューヨークで生まれた。世界が凍りついたあの日、彼女の両親はいまにも生まれそうなお腹を抱えて、必死の思いで喧騒と悲しみに包まれた病院に徒歩でたどり着いたという。
この数日前から、ヘルメットやマスクを着けた消防士が空気タンクと斧を担いで、階段を上る機械に乗っている姿をよく見かけた。聞くと、あの日に命を落とした343人の消防士の経験を自らたどることで、亡くなった勇士たちへの弔いにしているのだという。勇士たちは110階の階段を上り、命を落としたのだ。
あの日、私と仲間は演奏旅行で日本にいた。世界中の空港が閉鎖され、アメリカに帰るのが数日遅れたが、出発が許されても成田空港はガラガラだった。飛行機に乗っていたのは私たちカルテットと客室乗務員だけだった。
アメリカに帰った翌日、私たちは南米チリへ向かった。現地のアメリカ大使館からの要請でアメリカ文化大使に選ばれ、各地でコンサートが予定されていた。ツインタワーに突入した飛行機は2機ともボストン出発便だったので、ボストン空港は機関銃を構えた兵士で固められ、チェックインカウンターとゲートは花束で溢れていた。
最初のフライトで第2ヴァイオリンのウィルがパニックを起こし、真っ青な顔で救急車で運ばれた。私たち3人は急遽、演奏曲目を四重奏から三重奏曲へと変え、飛行機は無事にチリに着いた。翌日、アメリカ大使から緊急の知らせがあり、アメリカ大使館に脅迫状と爆弾が送られたという。「文化大使のあなた方がターゲットです。一人で行動してはいけません」
あれから20年。赤ん坊だった彼女が、こんな素晴らしい音楽家になっている。あの日生まれた彼女の演奏を聞きながら、20年という歳月の重みを感じた。

 

天理時報2021年9月19日号掲載