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新たな楽章へ-幸せへの四重奏vol.39-

元渕 舞ボロメーオ弦楽四重奏団ヴィオラ奏者

 

 

 

22年前、雪が降るボストンでボロメーオ・カルテットと出会ったその日から、私の演奏家としての人生が始まった。音を合わせて最初の15分で、音楽という言語が互いにピタッと合ったという衝撃はいまだに忘れられない。

5年前、私が右腕の故障で演奏活動を10カ月間休止し、復帰してまた一緒に演奏した時も、10カ月のギャップは全く感じなかった。演奏するたびに、音楽家として生き返ったような感覚があった。

1年前のある朝、目を覚ますと右半身が全く動かなかった。控えていたコンサートすべてを音楽仲間に頼み、再び休業。精密検査の結果、持病である膠原病のせいで背骨の軟骨が侵食され、首の背骨が脊髄に食い込み神経を完全に圧迫していることが分かった。治す方法はないと言われ、「おそらく5年前の右腕の故障も、このせいだったのでしょう。今あなたが腕を動かせられること自体が奇跡ですよ」と医者は言った。

私はボロメーオに出会った時、いつか私がみんなの足を引っ張ることがあったら、それが私の辞める時だと心に決めてきた。ついにその時が来たのだと思い、昨年5月初め、仲間に辞める意思を伝えた。すると仲間は言った。
「マイの代わりなんていらない。マイのペースに合わせて一緒にやっていこう」

練習時間を短縮し、曲数を減らし、コンサートも調整した。そうしてでも一緒に弾きたいと言ってくれる仲間に応えようと、私も無理をしてでも頑張った。しかし、私の体はどんどん弱っていった。

昨年最後のコンサートの翌朝、仲間が我が家に来た。「ずっとマイと演奏していきたいけど、私たちのせいでマイが弱っていくのを見るのがつらい。マイが一番いいようにしてほしい」。みんな泣いていた。

復帰して4年間、これが最後かもしれないという思いで演奏してきた。演奏家として、やり残したことは一つもないと思えた時、次の人生が見えた。これは私の最終楽章ではなく、教育者として新たな楽章が始まるんだと思えた。

今年8月でボロメーオを退くことが決まった。演奏家として最高の22年間だった。ボロメーオの仲間、見守ってくれた家族、恩師、友達への感謝の気持ちで胸がいっぱいだ。(終)

 

 

天理時報2022年3月2日号掲載