Special Interview
社員研修で「歌って踊る」? 注目浴びる〝ミュージカル研修〟に込められた人材育成の哲学
藤田 将範

多くの企業や組織で行われている研修や実習制度。ところが、その学びが現場で効果的に生かされているとは言えないのが、現状ではないだろうか。有名百貨店やメガバンクなど、多くの大手企業から依頼を受け、研修やセミナーを行っている藤田将範さん。ミュージカルと研修にどんな関係があるのか、詳しく聞いた。
――企業の研修を請け負うようになったきっかけは。
もともとは、舞台を見に来られたファンへのサービスとして、ワークショップを行っていたんです。その後、高校生を対象にしてやってくれないかという話を頂いて、それが企業にも口コミで広がって……という感じですね。
研修がうまくいかない理由
――全国の高校教員を対象とするセミナーに、実際に参加させてもらいましたが、自然に心が開かれるというか、ミュージカルの舞台を共につくり上げていくような、不思議な感覚を覚えました。
私たちのセミナーやワークショップは、常にわれわれ俳優がファシリテーター(支援者)になって、歌や演技、創作表現などを組み合わせて行っています。人事担当者の中には、「歌って踊る研修」に懐疑的な方も少なくないのですが、取り入れていただいた企業からは、その後の受講者の日常の姿勢が「これまでと全然違う」と、高い評価を頂いています。
――なぜ、従来型の研修ではうまくいかないのでしょう。
やはり、記憶するだけの研修は〝賞味期限〟が短いのだと思います。人は理論が分かりさえすればすぐに行動するわけではありません。それが〝自分事〟として心に刻まれるような経験をしなければ、変わらないのだと思います。
安直な妥協を許さず、試行錯誤を恐れず、安易な感情に流されず、たわいもない自分を疑い、ありのままを受けとめる。私たちが行うセミナーや研修は、そうした日常の稽古の姿勢や舞台での表現、哲学を、そのまま伝えていると言ったほうが近いかもしれません。
「クリエイティブとは何か」を考え続けてきたことが、多くの企業の要望とマッチしたのではないでしょうか。
立場超え意見を受けとめ
――稽古場では、どのようなやりとりがなされているのですか。
そもそも私たち舞台俳優は、自分の演技がどう見えているのか、自分の目で確かめることができません。動画として記録できても、それはライブ(生)ではない。だから、稽古場では互いの立場を超えて意見を出し合い、それを真っすぐに受けとめる。そのことを何より大切にしています。
たとえ新人でも、バンバン発言します。以前、あるベテラン俳優のだらしなさを目にした10代のメンバーが、「あなたは自分の娘が今ここにいたら、どう振る舞いますか。私を娘だと思って、すぐに変えてください」と言ったこともありました。
おそらく、いま多くの職場でフィードバックの重要性が説かれていると思います。しかし、それは「あの人にはNG」「先輩だから」といった〝不可侵な領域〟があっては機能しないと思うんです。関わる全員の気づきの場、巻き込まれる場にならなければいけない。
そのために、何をどう伝えれば相手に気づきを与え、巻き込むことができるのか。たとえばセミナーでは、相手の立場を〝演じる〟ことで、その点を考えてもらいます。
――伝えることは、巻き込むことだと。
その通りです。音楽座ミュージカルのファウンダー(創設者の故・相川レイ子氏)は、俳優に対して、演技の技術ではなく〝生き方〟を常に問いました。「生き方こそ、舞台の上に現れる」と。良い作品を創るには、立場を超えたフィードバックが必要であり、人を巻き込むには、普段のあり方が問われる。人を変える前に、まず自分を変えなさいと。
責める人間がいて、責められる人間がいる。それはコーチングではないと思うんです。「良い作品を創る」という大目的を共有したうえで、「自分もだめだけど、一緒に変わっていこう」という、自身の未熟さを前提にした歩みが、コーチングだと考えています。
自分の意思で得る「楽観」
――相川さんの言葉に「楽観する意思」とありますが、この意味は。
人は誰でも「被害者」になりたがります。でもそれは、まだ余裕がある状態なんです。本当に待ったなしの状況では、「きっと大丈夫」と考えるしか選択肢はない。そしてそれは、自分の意思でそう思うしかないのです。
人材開発も、「必ず変わる」「きっと育つ」と信じない限り、相手も自分も変わりません。気づけば変わっていたなんてことはあり得ない。大事なのは、あくまで自分の意思の力なのです。
他人事の人生は、不幸せです。すべて〝自分の問題〟だと思ったとき、生きることの実感や意味が初めて見つかる。セミナーや研修、私たちの舞台作品で最も伝えたいことは、その点にあるのです。
天理時報2016年11月20日号掲載
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【ふじた・まさのり】1978年生まれ。日本大学芸術学部在学中に「劇団四季」に入団し、「ハムレット」などに出演。退団後、2004年から「音楽座ミュージカル」に参加し、以降全作品に出演。俳優・プロデューサーとしての活動の一方、教育機関や行政、大手企業の研修におけるファシリテーターとしても高く評価されている。