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Special Interview

いま求められる〝リーダーシップ〟とは

中村 良二天理高校野球部監督

藤井 雄一郎宗像サニックスブルース監督


ジャンルを超えた天理スポーツの指導者が、育成哲学について語る第4回。今夏の甲子園で、天理高校野球部を27年ぶりの全国4強に導いた中村良二監督と、ラグビー・トップリーグで「雑草集団」とも呼ばれる宗像サニックスブルースを率いる藤井雄一郎監督。在籍していた天理高では先輩・後輩の関係でもあった両氏が再会し、〝リーダーシップ〟について語った。

藤井 夏の甲子園での活躍、私もテレビで見ていました。ベスト4進出、おめでとうございます。

中村 ありがとうございます。

藤井 ラグビーでは、選手たちが本当にいいプレーをしているときって、自由にやっているように見えるんです。天理高校の選手たちも、すごくのびのびとプレーしているように見えました。

中村 メディアには、よく「放任主義」と書かれました。でも、僕自身は放任しているつもりはないんです。練習メニューなどを自分たちで考えさせたりはしますが、それよりも、僕の考えを選手たちに根づかせることのほうが大切だと思っているんです。自由放任とバラバラとの差は、そこにある。紙一重ですね。

選手であり指導者

藤井 だから、キャプテンが大事なんですよ。トップリーグのチームは、大学でキャプテンをやっていた選手をどこも欲しがる。ラグビーの試合中、監督はグラウンドの外からしか指示できないので、キャプテンの重要性がほかのスポーツに比べて高いんです。
 私は試合中、左右どちらかに展開して攻撃しなければいけない場面で、私が「右」と思ったら、キャプテンにも必ず同じ判断をしてほしい。普段から「俺の考え方を丸ごと全部汲み取ってくれ」とキャプテンに求めています。相当難しいことだとは思いますが。

中村 僕は、城下(今夏のキャプテン)には、特に厳しく接していたんです。キャプテンは〝叱られ役〟なんですよ。チームをまとめるための。「キャプテンが自分たちのことで叱られている」って選手みんなが思えるチームは、一つにまとまるのも早いし、キャプテンは叱られたことを自分の中で噛み砕いて、時には形を変えてチームに伝える。つまり、選手でありながら指導者と同じ感覚になってもらわないといけないんです。その点は、藤井さんがキャプテンに求めることと同じだと思いますよ。

高い理想と人間力

藤井 私たちの高校時代よりも、いまのほうがリーダーに求められる要素は高度ですよね。

中村 それは、本当にそう思いますね。

藤井 いまは情報があふれているから、キャプテンではない選手も〝目が肥えて〟いて、理想のリーダー像はどういうものか、それぞれ思い描く姿がある。上に立つ者は、それを汲み取らないといけない。

中村 僕は小・中・高と、ずっとキャプテンだったんです。かつては、上手いやつが「俺についてこい」と言えば、周りが勝手についてきたけれど、いまは「何を一人で頑張ってんねん」みたいな空気になる。
 まず明るさが必要だし、チームの意見を受け入れてまとめることや、コーチに対して選手の考えを提案するコミュニケーション能力も求められる。人間力と言うんですかね。ベスト4の結果も、選手みんなの頑張りは言うまでもないことですが、キャプテンの城下が彼の人間力で引っ張ってくれた部分が大きかったように思います。

不退転の決意で

――どうすれば、そうしたリーダーを育てられるのでしょうか。

藤井 リーダーという立場がリーダーをつくる、ということはあると思います。やはり、立場が人を育てるのでしょう。

中村 人間力を求めるわけだから、当然、指導者の人間性も問われると思います。
 僕は、仮に自分の野球に対する考え方が間違っていると言われたら、その場で辞表を出すつもりで指導しています。古い考えかもしれないけれど、やはり人は厳しい環境でしか成長できないと思う。「もう無理だ」と思った場所から、新たな成長が始まる。そして、それだけ追い込むんだから、当然こちら側にも覚悟が必要です。その覚悟が伝わらなかったら、厳しいことを言っても、誰もついてきませんよ。

藤井 野球とは違うかもしれませんが、2年前にエディー・ジョーンズHC(当時)率いる日本代表チームが、ラグビーワールドカップ南アフリカ大会に向けた合宿を宗像市で行ったんです。もちろん見学しましたが、厳しいと聞いていた代表合宿の練習も、天理高校時代に比べたら、言葉は悪いが“屁”みたいなものでしたね(笑)。それくらい、厳しい猛練習の毎日でした。
 だけど、いまでも十分通用するクリエイティブな練習があったし、きっと田中克己監督(当時の天理高ラグビー部監督)は、中村さんが言うような「覚悟」をもって、寝ても覚めてもチームのことを考えてくれていたんだと思います。
 うちのチームにはスター選手もいないし、お金もあまりない。だから、とにかく走り勝つラグビーで、なんとか上のチームに噛みついてやろうと思っています。それは、自分の中に染みついた〝田中イズム〟だと思う。いつか宗像サニックスブルースで日本一になれたら、それが天理への恩返しになるのではと考えています。

中村 僕は、3年間という短い期間に、できる限り選手たちを次のステップへ行かせてやりたいと思っています。
 実は、僕はプロへ行く気はなかった。そんな自分がいま、天理で指導に当たっているのは、まさにお導きだと感じています。周囲の大きな期待に応えられるよう、選手たちと精いっぱい頑張っていきます。

天理時報2017年11月26日号掲載

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【なかむら・りょうじ】1968年、福岡県生まれ。天理高野球部の3年時には、主将として夏の甲子園初優勝に貢献。その後、プロ野球選手として97年まで近鉄バファローズ(当時)などでプレーした後、天理大学野球部監督に就任。2015年から現職。宮ノ陣分教会ようぼく。

【ふじい・ゆういちろう】1969年、奈良県生まれ。天理高、名城大学卒業後、社会人リーグへ。現在、ラグビー・トップリーグ「宗像サニックスブルース」部長兼監督。低迷が続いたチームを立て直し、高い評価を受ける。日本ラグビー協会理事。駿遠豆分教会ようぼく。



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