JOYOUSLIFE(ジョイアスライフ)

JOYOUSLIFE(ジョイアスライフ)は「陽気ぐらし」の手がかりとなる記事を厳選した、キュレーションサイトです。

Special Interview

事業継承こそチャレンジの場「自らのルーツ知る人間は強い」

山野 千枝「大阪産業創造館」チーフプロデューサー


 代々受け継がれてきた家業の継承に着目し、そのあり方を考える大学ゼミがある。その名も「ガチンコ後継者ゼミ」。それぞれの家業を見つめ直す中で、多くの受講生が「はたらく」ことの意味を再発見しているという。主宰する山野千枝さんに話を聞いた。

――現在、多くの中小企業が後継者不足に悩んでいると聞きます。

 日本の企業は99%が中小企業で、その9割以上がファミリービジネス(同族経営)です。その中で、後継者がはっきり定まっていない会社の数、「後継者不在率」は、およそ70%に上ります。日本の産業を支える中小企業にとって、非常に深刻な状況です。
 そうした現状にもかかわらず、以前から多くの経営者が「継いでほしいけど、よう言わん」と話すのを耳にしてきました。そこで、実家が家業を営む大学生を対象に、それぞれの家業を見直す「ガチンコ後継者ゼミ」を、各地の大学の協力を得て始めたのです。

家族だから「つぶすわけには…」

――授業では、どのようなことを教えているのですか。

 もちろん、単に「父親の仕事を継げ」と言うのではなくて、それぞれが家業に向き合うきっかけづくりの場にしています。というのも、業種を問わず、学生の多くが家業に対して良い印象を持っていないからです。
 たとえば、黒板を左右に分け、左側は「起業家」、右側は「後継者」について、それぞれのイメージを書き出させてみると、必ずと言っていいほど、左側には「クリエイティブ」「自由」といった言葉が並び、右側は「しがらみ」「プレッシャー」「ボンボンと呼ばれる」など、ネガティブな言葉ばかりになるんです。
 その一方で、ほとんどの学生が、家業の経営実態について詳しく知りません。「苦労させたくない」「プレッシャーを与えたくない」という親の側の遠慮が、親子のコミュニケーション不足を生み、家業を知る機会を奪っている状況が垣間見えます。

――なぜ、同族経営が大切なのでしょう。

 私は、資源の少ない日本が経済大国へ発展したのは、一つひとつの企業の〝存続力〟によるところが大きいと思っています。多くの経営者が「先祖がつくった会社を自分の代でつぶすわけにはいかない」と、限られた経営資源の中で知恵を絞ってきたからこそ、世界にない新たなモノやサービスが生まれてきた。そうした〝存続への執念〟は、家族から受け継いだ会社だからこそ、より強くなると考えています。
 100年以上続く会社の数は、日本が世界最多の約2万5000社。2位のアメリカの倍以上です。現在、各国の先進企業の間では、日本の「長寿企業文化」を学ぼうとする動きがあるほどです。

創業のルーツ知り表情が変わる

――企業の後継者を育てるうえで大切なことは。

 ゼミでは、家業を継いだ若手経営者の経験談を聞かせた後、それぞれの家業の〝創業ストーリー〟を調べて発表させています。そのとき、学生の様子が百八十度変わるんですよ。
 誰が、いつ、どこで創業したのか。調べてみると、自分の祖父や曾祖父がまさに〝ベンチャー起業家〟だった。そして、時には歯を食いしばりながらその仕事を受け継いできた人たちがいた。あれほどマイナスイメージを持っていた学生たちが、それぞれのルーツをとても誇らしげに語るんです。
 以前の受講生の一人で、卒業後、実家が営む和歌山県の山間部のガソリンスタンドに就職し、現在、父親のもとで働いている人がいます。都市部での就職も考えたようですが、彼は「自分が継がなければ、地域のインフラがなくなってしまう」と考え、自ら就職を決めました。会社の規模や業種にかかわらず、創業した先代の思いや自分のルーツを知ることで、それぞれの〝仕事観〟や働くことの意味が変わるのだと思います。

同じことをするのが継承ではない

――家業継承は「ダイナミックでチャレンジングなこと」と説いていますね。

 はい。これからの時代は、中小企業でも海外の企業と勝負しなければならない、厳しい時代です。業界の常識にとらわれて、先代と同じことをしているだけでは、壁を越えられないかもしれない。だから私は、学生たちに「親と同じことをするのが事業継承ではない」と伝えています。
 家業と全く関係のない業界であっても、一度がむしゃらに働いて、そこで自分なりのスキルを身に付ける。それを、信頼や人脈など目に見えないものも含めた家業の経営資源と〝かけ算〟をして、何か新しい家業の形を考える。そういう発想の仕方をしてみようと。このようにして、ダイナミックなイノベーションを起こしてきた中小企業の社長さんたちを数多く見てきました。
 経営者の人たちは、自身の会社の話を、もっと遠慮せずに子供に伝えてほしいと思います。町工場の息子がIT業界へ進んだとしても「工場の近況はこうやで」と、会社の普段の様子を日常的に伝えることで、子供たちも関心を持っていく。というよりも、子供たちはそれを知りたがっているんです。
 後継者が起業家のように、さまざまなことにチャレンジしていけるような環境が整っていけば、社会はもっと面白くなっていくと思います。

天理時報2015年8月23日号掲載

この記事に関するオススメ記事はこちら


【やまの・ちえ】1969年岡山県生まれ。公益財団法人大阪市都市型産業振興センター「大阪産業創造館」チーフプロデューサー。株式会社千年治商店代表取締役。近畿経済産業局ベンチャーエコシステム構築事業ディレクター。中小企業の経営支援に長年携わる一方、同館発行のビジネス情報誌「Bplatz」編集長として、約2000人の企業経営者を取材。事業継承をテーマに、関西学院大学などで講義している。