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移民問題と人々の「分断」

島田 勝巳天理大学宗教学科教授


来月行われるイタリアの総選挙では、移民受け入れの問題が争点になっている。

今月3日、中部の街マチェラータで、アフリカ系移民6人が銃撃される事件が起こった。これに対し10日、人種差別反対を訴える大規模なデモが行われたことで、にわかに来月の総選挙の争点に浮上してきたという。

周知のように、移民や難民の受け入れは、イタリアに限らず、今日のEU諸国における最も難しい課題である。一昨年の英国のEU離脱決定の背景にあったのも、やはりこの問題であった。

EU各国には、それぞれの事情や背景の違いはあるものの、全体としては同様の構造的要因が指摘されている。

移民や難民の流入によって雇用が奪われるばかりか、自分たちの税金で成り立っているはずの医療や教育などの公共サービスの場面でも、不利益を被っていると感じている人々は少なくない。

そうした不満に加え、頻発するテロ事件が不安に追い打ちをかける。EU諸国の移民や難民にはアラブ系やアフリカ系のイスラム教徒が多いことも、偏見や差別を助長する要因になっている。
 
このように、今日の欧州における移民受け入れ問題の背景には、社会的・経済的要因が人種的・宗教的要因に結びつけられ、それが固定観念になるという構造がある。
もちろん、こうした偏見や差別に対し、明確に「否」を突きつける人々も多く存在する。冒頭でふれたイタリアでのデモも、そんな姿勢の具体例である。
 
だが現実には、移民や難民の問題を自らの日常生活の中で実感することが多いのは、いわゆる労働者階級である。ここには  日本からはなかなか見えにくいが  教育の問題も根深く絡んでいる。

欧米の識者らは、しばしば「寛容」の精神について語る。もちろん、その重要性は言うまでもないが、彼らの多くはおそらく、先述したような現実を自らの生活の切迫した問題として抱えているわけではない。

「寛容」や「多様性」といった言葉が「机上の空論」と捉えられてしまうとすれば、それはこの問題の現実に対する実感のあり方に、あえて言えば、階層に応じた一種の分断があるからではないだろうか。

これは決して「対岸の火事」ではない。「共存」の理念や理想が画餅にならぬよう、異なった価値観を持つ人々との具体的なつながりのあり方を、模索していきたい。

天理時報2018年2月25日号掲載




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