無伴奏組曲-幸せへの四重奏vol.8-
元渕 舞

ニューイングランド音楽院でヴィオラを専攻していたSは、とても人に優しく、こまやかな気配りのできる女性だった。でも、自分には異常に厳しく、何をやっても自分はダメだと思い込んでいるところがあった。
レッスンのたびに、上手に弾けているのに悔し涙を流す。あまりにも自分を責める彼女を見て、私は音楽以外の会話を始めた。すると、彼女の過去が少しずつ見えてきた。
彼女が1歳半のとき両親が離婚、幼いころから父と母の間を行ったり来たりの生活だったようで、家族がみんな一緒にいるという経験が全くない。そして、両親が別れたのは自分のせいだと思い込んでいた。
私の仕事は、彼女の良いところを見つけることだと思った。それからは、あらゆることを褒めながらレッスンを進めていった。彼女の優しさを褒め、同情心の強い感情を、作曲家の気持ちと合わせて演奏するようアドバイスした。すると彼女は心を開き始め、少しずつ自分を許せるようになった。
彼女がくじけそうになったとき、私はどうしたものかと悩み、ふと自分の留学当初のことを思い出した。言葉が分からず友達がいない寂しさから、父に泣いて電話をしたことがあった。私の強い希望で留学したにもかかわらず、泣いてしまったことが情けなかった。
そんな私に父が言った。「舞はいま、自分の周りにないものばかり数えているだろう。これからは、あるものばかりを数えたらどうだろう。舞には、舞のことをいつも思っている家族がいる。帰る家がある。健康な体がある。おぢばのみんなが応援してくれているんだ」
この電話以降、気持ちが明るくなったのを思い出した。
早速、彼女と一緒に、周りにあるものを数えた。「あなたには、あなたを大事に思うご両親がいる。ご両親も音楽家になりたいあなたを支えてくれている。そして何より、あなたには健康な体がある。私もあなたに幸せになってほしいのよ」
こうして迎えた卒業リサイタル。彼女の両親が初めて揃って聴きに来た。彼女が演奏したバッハの無伴奏組曲は、まるで自分の日記を書くかのように切なく感傷的で、彼女にしかできない演奏だった。聴衆は涙を流した。リサイタルの後、彼女の母親が私に言った。「あなたは娘のことを音楽家としてだけではなく、一人の人間として見てくださった。母親として、あなたの存在に本当に感謝します」
私も母として、娘を思う気持ちはよく分かる。これからも生徒たちが、自分に誇りをもって生きていけるよう励ましていこうと思った。
天理時報2018年2月11日号掲載