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Special Interview

仕事のやりがい感じられない?「ヒントは現場にある」

中原 淳東京大学 大学総合教育研究センター准教授


仕事の中で、人は何を学び、どう成長するのか。人を育てるには何が必要なのか。
15年以上にわたって「仕事の学び」を研究している中原淳・東京大学准教授は「人の育て方を知るには、〝育ち方〟を知る必要がある」と話す。詳しく聞いた。

――人材育成のあり方に戸惑ったり、悩んだりする企業が少なくないと聞きます。現状は。

ある新聞のデータベースを見ると、1995年から2000年にかけて「人材育成」や「人材開発」という言葉の使用頻度が急激に高まっています。
かつて、新入社員は「現場に放り込めば自然に育つ」などといわれていましたが、いまは業種を問わず、それがうまくいかなくなり、よりよいあり方を模索している――というのが現状だと思います。

私は「経験軸」「ピープル軸」と呼んでいるのですが、職場における人材育成は、その二つの軸が組み合わさって成り立つと考えています。
結論から言えば、現代では、その軸がどちらも崩れかけているのです。

――それは、なぜでしょうか。

90年代以降、成果主義が強まる一方で、業務の内容も国際化・複雑化・大規模化が進みました。
若手社員に少しずつ経験を積ませる余裕がなくなり、まずは〝できる人〟に仕事を振らざるを得なくなったのです。

同時に、経済状況が厳しさを増す中で終身雇用制が崩壊し、教育係を兼ねていた〝古株の先輩〟がいなくなる。
また、それまで分業で行っていた業務がIT化されるなどして、多くのことが一人でできるようになりました。
その結果、職場の相互依存性が低くなり、隣に座る同僚が何をしているのかさえも分からない。
もはや、誰も関わりようがないのです。

「経験」「ピープル」のいずれの軸も成り立ちにくくなった背景には、こうした理由があると思います。

「なぜいま、あなたなのか」

――職場における人材育成・学びのあり方を「経験学習サイクル」と定義されていますね。

前述のような状況にあって、どういう特徴の職場なら、人は助け合い、関わり合おうとするのかを、さまざまな企業の協力を得て研究してきました。
 
その中で明らかになったことの一つが、〝プチ背伸び経験〟の重要性です。
いまある能力では少し難しい作業や業務に挑戦するということ。
それまで10分でしていたことを8分でやってみるとか、どんなことでもいいんです。
 
そして、それを後から振り返る。何が良くて、どこがまずかったのか。上司が客観的に指摘するだけではなく、自分の言葉で内省(リフレクション)することが大切です。
 
ただ、この背伸び経験は、指示される側からすれば、単なる〝むちゃぶり〟です(笑)。
やったことがないことをさせられるわけですから。
だからこそ、「なぜ、会社がそれを求めているのか」「なぜいま、あなたなのか」をしっかり説明しなければならない。
 
その点を納得すること、つまり「目標の咀嚼」をスタートにして、背伸び経験、リフレクション、そしてまた新たな目標の咀嚼……という経験学習のサイクルをつくることが理想だと考えています。

どんなビジョンを提示するか

――人材育成に関連して、リーダーシップにも言及されていますね。

 
特に最近は「いかにリーダーを育てるか」が、よく議論されます。
ただ、リーダーシップを養うことも、基本的には先のサイクルと同じだと思います。
 
以前、小学生の息子が「学校で自分が提案した遊びを皆がしてくれない」と相談してきたことがありました。
「どうしてだと思う?」と聞いて、自身を分析させてみると、彼は皆で毎日しているかくれんぼを、その日も提案していた。
リーダーシップ論から言えば、提示するビジョンの構築に問題があったわけです。
 
息子には「じゃあ、次は『鬼ごっこをやろう』って、皆の目を見て言ってみたら?」と提案しました。
彼にとっては少し難しい、相手の目を見て話すという背伸び経験をさせて、後日また振り返ってみる。
周りの支援があればできることと、現在の能力でできることの差にこそ、学習の余地、成長の可能性があると思います。

価値観の一致が「やりがい」に

――やりがいについては、どのように考えますか。

 
人が働きがいを感じる瞬間というのは、その人の価値観が、所属する組織の価値観と一致した時だと思います。
 
ただ、多くの日本企業では、理念や考え方を社員に暗黙のうちに伝えようとしています。
前述したように、いまはそれではうまくいかなくなっている。
 
いかに会社の理念を社員に学んでもらうか。先ほどの目標の咀嚼にも通じる部分ですが、はっきりと言語化して繰り返し伝えつつ、与えた仕事を通して、それを見いだすように促すべきだと思います。
 
それは裏を返せば、普段の仕事の中にこそ、組織の理念、つまり〝やりがいの種〟が眠っているということ。
「なぜ自分なのか」の問いの答え、自分自身の成長のきっかけは、普段の仕事の中での学びにあるのではないでしょうか。

天理時報2016年2月21日号掲載

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【なかはら・じゅん】1975年生まれ。東京大学教育学部卒業後、大阪大学大学院、マサチューセッツ工科大学客員研究員などを経て、2006年より現職。人材育成や人材開発に携わる社会人を対象にした講座「ラーニングイノベーション論」を主宰している。著書に『職場学習論――仕事の学びを科学する』など。