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卒業シーズン-幸せへの四重奏vol.11-

元渕 舞ボロメーオ弦楽四重奏団ヴィオラ奏者


5月のアメリカは卒業シーズンだ。

私の住むボストンには近郊も入れると114もの大学がある。なかにはハーバード大学やマサチューセッツ工科大学など、世界的に有名な大学がいくつもある。
大学生だけで34万人近くがボストンに住んでいる。毎年5月になると、卒業生やその家族で街が賑やかになる。みんな喜びと希望に満ちた顔をしている。

今年の5月には、特別な思い入れがある。

この5月に卒業予定だった生徒を思い出すからだ。15歳で親元を離れ、全寮制の音楽高校に入ったSとの初対面は印象的だった。
「夢は何?」と聞くと、「一番素晴らしいヴィオラ奏者になりたい!」と言った彼女の顔は希望に満ちていた。レッスンを食い入るように聞き、誰よりも明るく、学校では一番の人気者だった。

大学受験シーズンになり、テープ審査用の録音をする際に、彼女は急に体調を壊して帰省した。

私はそのとき、彼女が重度の小児糖尿病患者だと初めて知った。しかも特殊な血液型で、何かあったときには病院が適切な処置ができるよう、足首にそのことが入れ墨してあった。背中につけたインスリンの自動注射器を隠し、自分の病気のことは一切口にしなかった。

一時退院中に録ったテープで第一審査を合格し、オーディションを受けた。

彼女の演奏は情熱に溢れ、奨学金を得て大学入学が決まった。
ところが大学に入ってみると、厳しさは高校のときとは全く違う。さらに自分よりもずっと上手な奏者が、この音楽院だけでも何十人もいる。レッスンのたびに自信をなくし、自分を見失っていく彼女を前に、私も途方に暮れた。

しかし、神様は乗り越えられない壁は下さらないと信じた。

私の両親は、子供たちが将来、立派な職に就けるようにというのでなく、立派な親になって、ちゃんとした子育てができるようにと考えてくれた。
だから私は音楽大学へは行かず、総合大学の音楽学部に進んだ。人間として、音楽以外の世界も知っておくべきだと思ったからだ。そのことを彼女に話し、音楽以外の科目も取るよう勧めてみた。
すると、たちまち目が輝き、明るい彼女が戻ってきた。

そのころ彼女は、太ももと腕の感覚がなくなってきていた。大学を休学し、闘病中も勉強を続けた。とうとうヴィオラを弾くには致命的な手の感覚がなくなったとき、彼女には違う目標ができていた。

「医学部へ転向し、将来、医者になりたい」。そう伝えてきた彼女は、夢を諦めたのではなく、新しい夢を見つけた情熱に満ちていた。

昨年、彼女は見事に医学部に合格し、いまも頑張っている。
今年、彼女と同期である二人のヴィオラ卒業生を見送りながら、私は彼女の新しい道にエールを送った。

天理時報2018年5月27日号掲載