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Special Interview

ラグビー日本代表を「勝つチーム」に変えた「メンタルの力」

荒木 香織元ラグビー日本代表メンタルコーチ/園田学園女子大学教授

荒木香織


 昨年9月、ラグビーワールドカップ(RWC)で「史上最大の番狂わせ」を演じた日本代表。優勝候補の一角と目されていた南アフリカ代表を打ち破った背景には、プレッシャーや緊張、不安とうまく付き合うためのメンタルトレーニングがあった。日本代表チームで4年間メンタルコーチを務め、「歴史的勝利の〝影の立役者〟」といわれた荒木香織さんに話を聞いた。

――当時のエディー・ジョーンズ日本代表HCから、代表チームのメンタルコーチを要請された際、選手たちに「自分で具体的な課題を見つけ、考え、向上しようとする姿勢」を求めたそうですね。

 一流のスポーツ選手は強いメンタルを持っていると思われがちですが、それは間違いです。私がコーチに就任した4年前、選手たちの多くは、自信も、やる気も、誇りも「ありません」と明言していました。エディーさんは、選手たちの「マインドセット」(考え方の基本的な枠組み)を根本から変えたいと思っていました。
 不安や自信のなさが壁になっているのであれば、それらをコントロールするための「道具」を、トレーニングを通して与えていくのがメンタルコーチの仕事です。RWCまでの4年間は、フィジカル(身体)面と同時に、選手のメンタル面を科学的理論に基づいて、とにかく鍛えていきました。

南ア戦直前、立川選手が…

――南アフリカ戦終了間際の逆転劇は、まさにエディーHCが求めていた姿勢から生まれました。

 私もちょっとは貢献したかもしれませんね(笑)。
 これは本人が明かしていることなのでお話しできるのですが、試合の2、3日前、ハル(天理出身の立川理道選手)が「眠れない」と相談に来たんです。
 五郎(五郎丸歩選手)さんや廣瀬(俊朗)さんから、私と話すように勧められたらしいのですが、「じゃあ、いま何を考えているのか、書き出してみて」って、本人が考えていることを言葉にしてもらいました。
 そうして彼の口から出てきた「状況判断を間違ったら」「パニックになったら」という不安を、一つずつ整理して、それらに対してどんな対応や準備をしておけばいいのかを共に考えていきました。
 よく「ストレスが溜まる」といいますが、理論的に言うと、それは錯覚です。ストレスを与えるいくつかの要素が並行して起きていて、頭の中でごちゃごちゃになっているだけなんです。どんなことにストレスやプレッシャーを感じているのか、一つずつ確認して解きほぐしていけば、対応することは難しくありません。あのときハルにも、そんな話をしました。

「日本人はチームワーク下手」

――著書の中で、「日本人の長所はチームワーク」という言説を否定されていますね。

たとえば会社などで、周囲の人が「あんなやり方では、きっとうまくいかないだろうな」と思っていても、たいていの人は、当人にはっきりとアドバイスしないんじゃないでしょうか。
 日本代表でも、エディーさんが試合前のミーティングで戦略やプレーについて説明した後、「分かったか?」って選手に聞くと、皆うなずくんです。けれども、実際には誰もやれない。これは、多くの日本の組織に共通していることだと思いますが、当初は代表チームにも目上の人への質問や意見を避ける傾向があって、指示を正しく理解し、プレーに反映することができていませんでした。
 メンタルコーチは、HCと選手の〝橋渡し役〟です。選手が「この方法はダメだ」と感じたら、別の方法を提案したり、逆に分からないときには、仲間に助けを求めたりする、その意識づけには、かなり長い時間をかけました。
 一般的にも、上司から「やり直し」とだけ言われて、何をどう直せばいいのか部下は理解していないーーといった状況は、よくあると思います。私は、上司の期待するものが出てこないのは上司のせいだと思っています。本当の意味でチームワークを高めたいのであれば、「個人でなんとかする」というメンタリティーを捨てて、積極的に情報や意識を共有する方向へ向かうべきだと思います。

場面を想定し「準備」する

――指導やコーチングは、精神論ではなく技術だと。

 日本のスポーツ界では、著名な選手がそのままコーチや監督になることがよくありますが、これは世界的には非常に特異です。コーチングについてほとんど学ばないまま、人を率いたり動かしたりするポジションに就くことも珍しくありませんね。
 一方で、選手も「コーチアビリティー」どんなコーチングを受ければ、自分のパフォーマンスを最大限向上させられるかを知らない人が多いのです。自分を理解していないんですね。
 良いパフォーマンスは、自分と相手を正しく理解することから生まれます。その「理解すること」はスキル(技術)です。正しい方法を学び、身に付けないと、どこかで齟齬が生じます。エディーさんは、私たちスタッフや選手からも、常に学ぼうとする姿勢を持ち続けていました。
 日本代表では、80分間の試合の〝準備〟に4年間を費やしました。戦略・戦術面だけでなく、メンタル面でも緻密に場面を想定しました。練習でできないことを、本番で発揮できるわけがない。準備という「道具」にこそ、メンタルトレーニングの意義があるのです。

天理時報2016年7月3日号掲載

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【あらき・かおり】1973年生まれ。陸上競技選手としてインカレ、国体などに出場。その後、米国で最新のスポーツ心理学を学び、ノースカロライナ大学大学院グリーンズボロ校で博士課程を修了。2012年からラグビー日本代表のメンタルコーチを務めた。著書に『ラグビー日本代表を変えた「心の鍛え方」』(講談社)など。