ルポ補導委託の現場からー非行少年の心の居場所ー

※この記事は、平成23年に『天理時報』に掲載されたものです。大畑道雄会長の著書『非行少年の心の居場所』 の発売を機に、当記事を再掲し、本導分教会の補導委託の取り組みを紹介します。なお、年齢等は掲載当時のものです。
近年、少年による凶悪事件が相次ぐなか、少年非行に対して、成人による刑事事件と同様の処罰化・厳罰化を求める声が高まっている。一方、少年法では「少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行う」ことを、その目的に掲げている。そうした少年たちの更生を促す措置の一つに「補導委託」制度がある。これは、家庭裁判所が罪を犯した少年への処分を決める前に、民間の篤志家などに一定期間預けるというもの。さまざまな理由から犯罪に手を染めた少年たちに、家族や信者、地域住民らと協力しながら手を差し伸べる取り組みと、少年たちが〝生きる力〟を身につけていく姿を追った。
少年の〝立ち直り〟支えて25年
下町情緒あふれる東京都葛飾区。立春を過ぎ、穏やかな陽気に包まれた日の午後、本導分教会では大畑道雄会長(70歳)が近所のお年寄りと雑談していた。
縁側では、長男・道博さん(36歳)の妻・亜希子さん(36歳)が、二人の〝ママ友〟とティータイム中。庭では、大畑会長の孫とその友達数人が元気に走り回っていた。
「ここには0歳児から88歳のお年寄りまで、一日に20人近くが出入りする。こうした環境が、少年たちの心に良い影響を与えるんだ」
四半世紀の経験に裏打ちされた大畑会長の言葉に不思議な重みを感じた直後、威勢のいい声が響いた。
「ただいま帰りました! 」
大畑会長の子供にしては幼く、道博さん夫妻の子供にしては大柄な、少年A君が姿を見せた。
四半世紀で200人余り
「今日は早いじゃないか。どうした?」
時計を見ながら大畑会長が尋ねると、「現場の仕事が早く終わりました」とA君。
「そうか、お疲れさん。夕づとめまで、ゆっくりしてくれよ」 大畑会長がそう言うと、A君は一礼して教職舎内の自室へ向かった。
「ケアセンター本導」。教会が掲げる、もう一つの〝看板〟だ。家庭裁判所から同時期に預かる少年は最多5人。この25年間で200人以上の少年たちと、一つ屋根の下で暮らしてきた。
委託期間は、おおむね6カ月。その間、少年たちは日中は仕事に就いて職業指導を受ける。教会では、教友や近隣の雇用主の協力を得て、少年たちの就職を斡旋している。
「最初の3週間で、少年の適性を見極めて職種を決める。その間、いろいろな話をするが、どんな罪を犯してきたかは、あえて聞かない」と大畑会長は言う。
一つ屋根の下で〝生きる力〟を培う
関東一円の家庭裁判所に名前を知られる〝ベテラン受託者〟の大畑会長のもとには、凶悪事件に関わった少年が預けられることも少なくない。
「教会では、家族も少年も箸と茶碗は皆一緒。犯罪歴やこれまでの境遇などで、少年たちを比較することは絶対にしません」
自室で着替えたA君は、誘われるまま庭で遊ぶ子供たちのもとへ向かった。委託先では、定期的に家庭裁判所調査官との面談がある以外に、特別な指導プログラムはない。
「あくまでも日常生活を共に過ごすことを意識している。でも最初は、指導や教育について難しく考えていた時期もあった」と大畑会長は振り返る。
失敗続きの十年
補導委託の受け入れを始めたのは昭和60年。20代から地区の役員を務め、保護司や民生・児童委員などを歴任するなかで、家庭裁判所の要請を受けた。
「〝委託〟という言葉に、少年の未来を託される使命感のようなものを感じた」
しかし、最初の十年は失敗続きだった。一日で逃げ出す少年はザラで、時には、預かった少年と不良グループが教会の敷地内でにらみ合うこともあった。「毎晩寝る前に、台所の包丁を別の場所に隠していた」と大畑会長は述懐する。
一方、会長夫人の久子さん(66歳)は「預かった少年が再犯するたびに、悲しくて悔しい思いをした」と振り返る。久子さんは毎朝、少年が仕事へ向かう際に、「食べるとき私たちの顔を思い出してね」と、手作りの〝スタミナ弁当〟を持たせている。
あるとき、仕事へ出かけたはずの少年3人が、車上荒らしで逮捕された。久子さんは思わず「もう受託をやめたほうがいいんじゃない?」と漏らした。それでも、大畑会長は「たすけの手を求める少年がいるのに、私たちがやらなくて誰がやるのか」と、半ば自分に言い聞かせるように、久子さんを励ましたという。
「良い子」でいようとする心理
「さっきスリッパをそろえてくれたんだな。ありがとう」
子供たちと遊んでいたA君が戻ってくると、大畑会長が声をかけた。
「いえ、とんでもありません」謙遜するA君の表情は、どこか照れくさそうだ。
「がむしゃらに10年間続けるなかで、こうした何げない声かけこそが、更生のきっかけになると気づいた」と大畑会長は言う。
試験観察の一環として補導委託に付される少年たちは、委託先での生活態度によって最終処分が決まるため、はたから見て「良い子」でいようとする心理が働きやすいという。過去には、こんなケースがあった。
父が医師、母が教職員という家庭で育った少年B君は、教会では問題行動が少ないのに、両親が面会に来ると頑かたくなに口を閉ざした。
そんな生活が3カ月続いたある日、突然、B君が久子さんに尋ねた。
「道博さん(大畑会長の長男)は婿養子ですか?」
B君には、亜希子さん(道博さんの妻)が久子さんの実の娘のように見えることが不思議で仕方なかったという。やがて、母親と姑の関係が悪く、家庭に安らぎの場がないことが、B君が非行に走る遠因になっていたことが分かった。
「みんなが優しくしてくれるから、いまの私たちの姿があるの。B君も、お母さんに優しくしてあげてね」と久子さんが伝えると、次回の面談から、B君は両親と話すようになり、立ち直りのきっかけをつかんだ。
「近ごろは、B君のように一見、家庭環境に恵まれていそうな少年が非行に走るケースが少なくない」と大畑会長は指摘する。そうした複雑な心の葛藤を抱えた少年たちに接する際、大畑会長が心がけているのが「あいさつ」「返事」「感謝」の三つだという。
「事あるごとに『いつもありがとう。おまえのおかげで、俺たちもたすかっているんだ』と伝えるなかで、少年たちは次第に人の役に立つ喜びを感じて、自らも誰かにたすけてもらってきたことに気づく。これが更生の第一歩だと思う」
最近では、少年たちを積極的に地域行事などへ連れ出すことで、教会の取り組みに対する地域住民の見方も変わってきたと話す。
「以前は『なぜ非行少年を預かるのか』」と問いただされるようなこともあった。
しかし、いまでは『あの子、頑張っているね。近ごろ変わってきたよ』と声をかけてくださる人もいる。教会はもとより、地域の人たちからも〝見守られる〟ことで、少年たちの立ち直りが早くなっていくように感じる」と、大畑会長はA君を見る目を細めた。
トンネルの出口へ
教会にはA君のほかに、教内関係者から預かっている少年と、教会での補導委託を終えた後、身寄りがないことから再び教会で暮らすようになった青年が同居している。
夕づとめを終えると、道博さん夫妻の子供五人と共に〝大家族〟での夕食の時間。食べ盛りの少年たちは、ひと月に120キロの米を平らげることも。
「『食べるのに困らないから、教会で暮らすのは、宝くじに当たったみたいなもの』と言ってのける子もいるが、ここを〝卒業〟していく少年には『良いときは連絡するな。困ったら来い』と伝えるようにしている」と大畑会長。
大畑会長は、教会から巣立った少年の再犯の知らせを聞くと、すぐに全国各地の刑務所へ面会に赴く。そして「困ったら、うちへ戻るか、近くの天理教の教会にたすけを求めろ」と伝える。そうしたなかで、自ら別席を運んで、ようぼくになる人も少なくないという。
翌朝、神殿や教会周辺の清掃を終え、朝食を取るA君たちは、どこかそわそわしている。この日は「葛飾BBS会(※1)」のメンバーと遊園地へ出かけるという。
朝づとめを終えた大畑会長から、預けていたお年玉を受け取ると、A君たちはジーンズをはき、オシャレに余念がない。
「女の子に声をかけたりするなよ」「おまえだろ、それは」と互いにからかう姿は、無邪気な少年そのものだ。
「ここへ来る少年たちの多くは、誰もが楽しいと思えることを素直に楽しめない。きっと彼らには、人生の暗いトンネルが、とてつもなく長く感じられるのだろう。そんな少年たちにも、トンネルの向こうには、かすかな光が見えているはず。彼らをトンネルの出口近くまで連れていくことが、私たちの使命」と大畑会長は話す。
「行ってらっしゃい。楽しんでおいでよ」
留守番の久子さんが声をかけると、A君たちは一斉に「行ってきまーす」と返事をした。まばゆい朝日に向かって歩きだす少年たちの姿を見送っていると、トンネルの出口はそう遠くないように感じた。
天理時報2011年2月13日号掲載
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■ 補導委託とは■
非行のあった少年に対し、家庭裁判所が「保護観察」や「少年院送致」などの処分を決める前に、家庭裁判所調査官の観察下で数カ月にわたって少年の生活状況を見る中間処分のことを「試験観察」という(下の図参照)。
試験観察には、少年の行動を観察するに留まらず、少年の更生を図る教育的な機能がある。
その指導を民間のボランティアに託す制度が「補導委託」である。
補導委託が適用されるのは、少年自身の問題より、劣悪な家庭環境、不良仲間から抜け出せない状況といった、少年を取り巻く環境に重い問題があると判断される場合など。
少年を預かる個人・施設を「補導委託先」、委託先の責任者を「受託者」とは、少年と家族同様の共同生活を送るとともに、生活指導や職業指導を通して少年の立ち直りのきっかけを与えることが求められる。
特別な資格はなく、適当な環境や設備を備え、少年の秘密に配慮することを条件に、原則、誰でも登録できる。
近年、少年が補導委託に付される件数は減少傾向にあり、その主な要因として、委託先の不足や受託者の高齢化などが指摘されている。
(※1)■ BBS会■
「Big Brothers and SistersMovement」の略。
非行のない社会づくりを目的に設立された全国的な青年ボランティアグループ。
犯罪や非行のない地域社会を目指す取り組みの一環として、非行のある少年の〝良き友達〟となり、少年の立ち直りをサポートする「ともだち活動」を続けている。