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Special Interview

誠を尽くして伝統守る
-磐師 三代目吉田寅義 長谷川光義さん-

中原 淳磐師 三代目吉田寅義


大正5年、埼玉県行田市で盤師・吉田寅義が開業したことに始まる「吉田碁盤店」。日本刀の刃に漆を付け、切るようにして囲碁の盤に目盛りをつけていく「太刀盛り」の伝統技法を受け継ぐ、日本で唯一の工房だ。
自然豊かな郊外の工房を訪ね、三代目吉田寅義として〝秘伝の技〟を継承する匠に、伝統技法を用いた盤作りに込める思いを聞いた

――「太刀盛り」とは、どのような技法でしょう。

潰れた刃の部分に秘伝の漆を塗り、刀の反りを利用して盤に線を引く技法です。

刀が盤から離れるときに刃が漆を引っ張ることで丸みをもった線を引くことができます。線の盛り上がりが高くなるため、一本一本が盤面と調和した明瞭な線になるのが特徴です。
先代である父(菊雄さん)から〝一線入魂〟で引くように教えられてきました。

――盤師を志したきっかけは。

18歳のとき、父の後を継ぎたいと思ったのがきっかけです。
父は若くして肺結核を患いましたが、井野岡ふさ・須影分教会初代会長(故人)のおたすけによって奇跡的にご守護いただきました。
信仰にも仕事にも一本筋の通った父に憧れました。

その父の指導は「工房では親子の縁を切る」と宣言するほど厳しいものでした。

現在、吉田碁盤店で作成する碁盤は中国から発注されるものがほとんど。
囲碁の競技人口世界一を誇る中国では、紙や板に線を書いたような簡素な碁盤が今も主流という。

そんななか、7年前、長谷川さんが中国で開催された日中文化交流のイベントの際に初めて個展を開き、「太刀盛り」を実演。
以後、中国国内の全国大会に招かれるようになり、中国各地で〝脚付き〟の碁盤を紹介してきた。
こうした取り組みにより、日本の伝統工芸の文化を中国に広く伝えたことなどが評価され、先ごろ「外務大臣賞」を受賞した。

――脚付き碁盤の作り方は。

盤の素材は、かやの木です。慎重に選んだ材木は、仕入れの後、すぐに一定の大きさに製材し、乾燥させるために10年ほど干します。

乾燥期間を終えると、かんなで盤を平坦に削る作業と脚を彫る作業に入ります。
次男の智士(38歳)も20年ほど前から修行を積んでいるので、この作業だけは二人で分業しますが、脚を彫る役割は、まだまだ譲れません。

盤の脚は、「勝負ごとに口出しをするな」という由縁から、くちなしの実を象っていると聞いています。
素材の場所によって微妙に堅さが異なるため、10種類以上のノミを使い分け、じっくりと彫っていきます。ほかの工程と比べて、最も時間がかかり、丁寧で細かな技術が求められます。

続く「太刀盛り」の作業では、初代から受け継がれてきた日本刀を使い、碁盤としての命を木材に吹き込みます。漆が乾きやすいため、碁盤は30分、将棋盤は20分と、決まった時間で目盛りをつけなければならず、速度と技術、精神力が問われます。

すべての工程を終えた〝脚付き〟碁盤の裏面に、父が筆で「一如 作」とサインを書き入れます。このサインが、吉田碁盤店で制作された碁盤の証しとなります。

――〝はたらく〟ようぼくとして思うことは?

碁盤を作るには、樹齢数百年の木の命を一度奪わなければなりません。材木にも喜んでもらえるように、誠実に仕事と向き合うことを心がけています。

また、元気に仕事に打ち込むことができるのも、かしもの・かりもののご守護があってこそ。信仰熱心な母から学んだ「感謝の心」をモットーにしています。
親神様、人、そして木に喜んでもらえるように誠心誠意仕事と向き合い、伝統を守り伝えていきたいと思います。

天理時報2018年9月9日号掲載


【はせがわ・みつよし】
1955年埼玉県生まれ。地元の高校を卒業後、伝統技法「太刀盛り」を日本で唯一継承する、実家の吉田碁盤店で盤師として修行を積む。中国で初の個展を出展するなどの功績が認められ、先ごろ「外務大臣賞」を受賞した。須影分教会ようぼく。63歳。



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