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懐かしいメロディー-幸せへの四重奏vol.13-

元渕 舞ボロメーオ弦楽四重奏団ヴィオラ奏者


13歳になる長女さくらが、ある劇団のオーディションを受けることになり、主人のピアノに合わせて歌を練習していた。さくらの歌を聴きながら、なんともいえない懐かしい想いに包まれるうち、26年前の記憶がよみがえってきた。

1992年10月、天理高校3年生だった私は、急遽アメリカへ音楽留学することになった。両親は末娘が急に遠い異国へ行ってしまった淋しさに、毎日泣いて過ごしたという。

私は、みんなの期待に応えようと必死に頑張った。当時、国際電話は1分4ドル以上もしたので、家族の声が聞きたくても、めったに電話はできなかった。メールなんてものはまだなくて、手紙を出すのが精いっぱいだった。初めての長い冬が終わり、春になったある日、ホストファミリーがマーケットへ連れていってくれた。

私はそこで、ピンクのオルゴールを見つけた。ボタンを押すと、聴いたことのないメロディーが流れた。
悲しくも優しいメロディーだった。私は無性に母に会いたくなり、そのオルゴールを母のために買った。
母は送られてきたオルゴールが壊れるまで、何度も聴いては泣いたそうだ。
昨年の夏、私の右腕が故障した。神経をやられ、右手の感覚が全くなくなるまで故障に気づかなかった。右手は弓を持ち、弦楽器の音をつくる手だ。カーネギーホールでのコンサートが2カ月後に迫っていた。

医者は「手術をすれば回復は早いが、成功率は60%だ」と言った。あるいは、手術をしないでも治る見込みはあるが、それには時間がかかると。演奏家仲間の中には、手術を受けて一生楽器を弾けなくなった人が大勢いる。
「手術は絶対にするな」と大学の教師仲間からも言われた。それでも、大きなコンサートをキャンセルしたくないという思いから、手術を選ぼうとした私に、カルテットの仲間が言った。「私たちのゴールはカーネギーホールではない。それよりもっと先の将来がある」
そして、私が時間をかけて治療に専念できるよう、以降のコンサートスケジュールを調整してくれた。

今年6月、私は10カ月ぶりに舞台に戻った。この間、「もうヴィオラは弾けないかもしれない」と思ったことが何度もあった。
「これ以上、仲間に迷惑はかけられない」と、カルテットをやめようと思ったこともあった。それでも今があるのは、私を信じて待ってくれた仲間たちの気持ちと、どれほど大勢の人が演奏者としての私を応援してくださっているかということを強く感じたからだ。私は娘が歌う、あのオルゴールと同じメロディーを聴きながら、26年前の母の気持ちを思い、涙した。
「初心を忘れるな」と神様から言われているような気がした。

天理時報2018年10月7日号掲載