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感性を磨く-幸せへの四重奏vol.16

元渕 舞ボロメーオ弦楽四重奏団ヴィオラ奏者


ニューイングランド地方はリンゴの産地で、ボストン近郊には多くのリンゴ農園がある。
毎年秋には、娘たちとリンゴ狩りへ行き、好きな実を選んでいる。

幼いころ、両親はいろいろなところへ連れ出してくれた。
奈良公園内の「ささやきの小径」。
桜が満開の京都の「哲学の道」。流れの速さに驚いた木津川。
冷たい水が透き通る和歌山の日高川。
郡上八幡や岐阜の根尾谷淡墨桜へも行った。

毎年、数回歩いた山の辺の道では、父が万葉人も見たであろう風景を眺めながら、古人の歌を吟じ、古代の歴史を話してくれた。
ある日、父は「いまからみんなで出かけるぞ」と言い、釣り道具屋で網と水槽を買い、山の中に入った。
着いたのは大きな古池。
よく見ると、池の中央の岩に、王様のように両手を上げたザリガニがいて、周りで数百匹のザリガニが遊んでいた。友達とスルメを餌に、近くの溝でザリガニを探したことはあったが、このザリガニ王国の光景は、いまでも鮮やかに思い出す。

2歳半のころ、鉄筋コンクリートのアパートへ引っ越した。
農家で育った母は、子供たちを白い天井と壁に囲まれた中で育てるのが嫌で、壁には竹のすだれを掛けた。
居間には苔むした松の大木や観葉植物を置き、いすは山でもらった切り株。
ベランダの鉢植えには四季折々の草花が咲き、まるで森の中に住んでいるようだった。

私が教える音楽院の生徒たちは、練習室にこもる時間が多く、めったに外出しない。
授業でボストンの中央を流れるチャールズ川の話をすると、見たことがないという生徒が多くて驚いた。
音楽院のすぐ近くのボストン美術館にも行ったことがないという。
これから音楽家になろうとする彼らが、感性を磨く努力をほとんどしていないことに私はショックを受けた。

綺麗なものを綺麗と思う感覚、いい音をいいと思う感性は、子供のころから自然とふれ合い、美しさや不思議さ、繊細さを感じることで育まれていくと思う。
音を作る人の感性が豊かでないと、どんな音が欲しいのか、聴衆にどう感じてほしいのかということに思いが至らないのではないだろうか。

採れたてのリンゴを美味しそうに食べる娘たちを見て、来年は音楽院の生徒たちもs連れてこようと強く思った。

天理時報2018年11月11日号掲載