FinalEpisode ありがたい親心
名古屋大教会長夫人 森井葉子先生
「やったー!」「泣いた!」「良かった!」。
これは私が三女を出産した時に、拍手とともに分娩室に響いた、産婦人科と小児科の先生の喜びの声です。
三女は、おなかに居る時から逆子でしたが、陣痛が始まってからは、1時間ほどで産まれるという超安産で、出産直後に「こんなに楽だったら、もう1人産める」と思ったことを今でも覚えています。
ところが、分娩室から病室に移りホッとしている私の所に、先生が来られて仰った言葉が、「一刻を争う、大変危険なお産でした」という考えもしない言葉でした。
一体どういうことかと思いながら先生のお話を最後まで聞き、初めて赤ちゃんにとって、どれほど危険なお産であったかを知りました。
陣痛が始まったので病院で診察を受けると、へその緒自体が絡まり二つ折りになって、赤ちゃんより先に出てきてしまっている状態だと分かりました。
へその緒は、お母さんから赤ちゃんに栄養や酸素を送る管状の組織で、二つ折りになっていることが原因で血液の流れが止まり、赤ちゃんに酸素が届かず、「最悪の場合は、出てきても死んでいるかもしれない。良くても脳性まひだろう」と先生は診ておられたのです。
親神様のご守護で、赤ちゃんの命のないところをたすけていただいたと身に染みて感じ、心の底からお礼の心が湧いてきました。
先生が話の中で「一分一秒でも早く産まれることが、たすかることでした」と仰っていましたが、陣痛が始まってから産まれるまで、1時間という超スピード出産であったことにも、親神様の大きなご守護と親心を感じて涙があふれてきたのです。
たすける理でたすかる
三女を出産する11年前、私はまだ結婚前で、すぐ上の姉が2番目の子の出産のため、里に帰っていました。
姉の陣痛が始まり、病院に行く用意をしているさなか、急にお産が進んで赤ちゃんが少し出てきてしまったので、仕方なく家でのお産となりました。
姉は横になり、母が出てきた赤ちゃんを手で支えていましたが、よく見ると逆子で、身体が出て頭が引っ掛かっている状態でした。
母は手が離せず身動きできない中で、動けるのは私だけです。
パニックになりながらも必死で心を落ち着かせ、姉が病院に行ってから頂くつもりだったをびやの御供(早めの御供)をかばんから探し出して渡しました。
そして、その御供を姉が「ありがとうございます」と頂くと、ずっと引っ掛かっていた頭がつるっと出てきたのです。
「やったー!」と喜んだのですが、それもつかの間、赤ちゃんは泣きもせず、ぐったりして息をしている様子もありません。
さすったり、頬をたたいたり、何をしても泣かない赤ちゃんを前にうろうろしていると、母がおさづけを取り次ぐよう促してくれました。
人の生死に関わるおさづけを取り次いだことのない私は、一瞬躊躇したのですが、そんなことを言っている場合ではありません。
あふれる涙もそのまま、震える手と声で「何が何でもたすけていただきたい」と親神様にすがりつく思いで、取り次がせていただきました。すると、最後の二拍手をたたき終わった瞬間に、「オギャー」と泣いてくれたのです。
わかるよふむねのうちよりしやんせよ
人たすけたらわがみたすかる (三 47)
今から思えば親神様は、私をわざわざ姉の出産の場面においてくださり、必死で姉の子のたすかりを願わせてくださった。
そして、その理で今度は私の三女の命もたすけてくださった。
この大きな親心に、心の底からありがたさが込み上げてきます。
親神様は、私たちが自分の周りの苦しんでいる人や悩んでいる人に少しでもたすかってもらえるよう、声を掛け、心を掛け、さらにはお願いづとめやおさづけのお取り次ぎなど、自分にできることを探し、勇気を持って行動に移すことをお待ちくださっているのだと思います。
そういった道を、ゆっくりでも歩いて行けば、その先にあるのは、たすかりの道なのですね。
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