ギネス世界記録に認定
北海道の永関博紀さん

「日本縦断の最速走破」更新
自転車で7日と19時間37分
北海道宗谷岬から鹿児島県佐多岬までの約2千700キロを、自転車で7日と19時間37分で駆け抜ける。エンデュランス(耐久)ロードレーサーの永関博紀さん(28歳・砂川分教会ようぼく・札幌市)は先ごろ、「自転車による日本縦断の最速走破記録」を更新し、ギネス世界記録として正式認定された。
6人きょうだいの4番目として教会に生まれ、「神様、人さまに喜んでもらえる人になりなさい」と言われて育った。
幼少から野球に打ち込むなか、大学時代には軟式野球の全国大会に出場した経験を持つ。
四国独立リーグからプロ野球選手を目指したが、右肩を痛めて断念した。
大学卒業後、大手IT企業に就職。2年間、インターネット番組の制作に携わったのち、「作り手ではなく、自ら演者として感動を届けたい」と退社。
お笑い芸人に転身したり、地域活性化の企画を考えたりしながら、新たな目標を探す日々を送った。
転機は昨年7月。インターネットで「自転車による日本縦断の最速走破記録」というギネス世界記録があることを知った。
世界を見たいという夢と、スポーツに20年間打ち込んできた経験を生かして「自転車で世界を最速で駆け抜ける」という、自らの〝挑戦のビジョン〟を思いついた。
挑戦する姿を人々に
それまで自転車競技の経験はなかったが、ギネス世界記録に挑戦するという旨の企画書を、メールで自転車メーカーへ送ると、「わが社の自転車の性能を証明してほしい」と協力が得られることに。
その後、自転車で一日38キロを走るなどのトレーニングを積み、昨年10月、最初の日本縦断に挑んだ。
初日、吹雪のなか宗谷岬をスタートすると、関西では台風が直撃。
過酷な天候が続いて、疲労と筋肉痛で全身に痛みを感じ、帯同した家族からおさづけの取り次ぎを受けたことも。
無事に佐多岬までたどり着き、非公認ながらギネス世界記録よりも30分早く走破した。
「サポートしてくれた家族や仲間、協賛企業への感謝の気持ちで、涙を流しながらゴールした」
その後、ギネス世界記録の正式認定を目指す再挑戦を決め、企業200社に出資を依頼したところ、10社が協賛することになった。
2度目の挑戦は今年7月19日午前4時スタート。猛暑のなか、連日、約1万キロカロリーを消費しながら1日400キロのペースで進む。
ゴールが間近に迫った鹿児島県霧島市内で転倒するアクシデントもあったが、ひたすらペダルをこぎ続け、7日後の午後11時、ゴールの佐多岬に到着。
タイムを21時間も短縮し、ギネス世界記録を更新した。
現在、世界5大陸それぞれの縦横断最速のギネス世界記録を更新するプロジェクトを進めている永関さんは、9月に約7千キロの北米大陸最速走破に挑んだが、途中で転倒してリタイア。
来夏に再挑戦するため、トレーニングを重ねている。
永関さんは「1通のメールからつながった出会いを通じて、自身の熱量に伴った行動量と、それを遂行する覚悟があれば、人生は必ず前へ推し進められると確信した。
2回目の挑戦の前には修養科を志願し、親神様から元気な体をお借りしているからこそ、記録に挑戦できると、あらためて実感した。
今後も挑戦する姿を通じて、応援してくださる方々に感動を与えていきたい」と話している。
天理時報天理時報12月16日号 掲載