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恩師からのプレゼント-幸せへの四重奏vol.19-

元渕 舞ボロメーオ弦楽四重奏団ヴィオラ奏者


私は天理教音楽研究会の弦楽教室で育てていただいた。第二の母親的な存在である岩谷悠子先生はとても厳しく、とにかく「練習しなさい!」とおっしゃった。

レッスンでは厳しくても、上手に弾けたときは褒めてくださった。発表会で上手に弾けると、ご褒美を下さった。ご褒美といっても、いつも練習用の道具で、練習時間を計るタイマーや、耳につけるメトロノームまであった。中学生になると楽譜を下さり、表紙には心のこもった言葉が書かれていた。それらは、いまでも懐かしい思い出とともに大切にしている。

音楽研究会では、オーケストラや室内楽、楽典などを幼いころから総合的に教えてくださった。子供のころは当たり前に思っていたが、アメリカへ留学したとき、それがどれだけ稀なことかを知った。大学に入って初めてオーケストラやカルテットを経験する子が大勢いたからだ。幼いときから叩き込まれた経験がどれだけ大事か、そのとき初めて気づいた。そして、将来の私たちのために準備をしてくださった先生方に感謝した。

私が大学院で師事したマーサ・キャッツ先生は、世界的に有名なクリーヴランド・カルテットのヴィオラ奏者だったが、ご自身に長女が生まれたとき、舞台に立っているときも子供の声が聞こえるような気がしたという。悩まれた先生は、全盛期ではあったが演奏者から引退し、教える側に回られた。

私は先生のその潔さにあこがれ、先生から教わりたいと思った。大学院の最終年に私がボロメーオ・カルテットに入団した際、先生はとても喜んでくださり、それから卒業までのレッスンでは、ご自身の指使いやカルテットの一員としての役割などを事細かく教えてくださった。

初めての弦楽四重奏団員としての仕事と、学校の課題をこなすことで、目が回るほど忙しかった私に、マーサ先生は最後のレッスンのとき卒業祝いを下さった。きれいな箱の中に、消しゴムが入っていた。不思議そうな顔をしている私に、先生は言われた。
「これからあなたは、とても忙しくなる。嫌な仕事も入ってくるだろう。時間に追われて、自分を見失うかもしれない。そんなときは、消しゴムで消すことを忘れないで。何が一番大切かを見て、それ以外は消すこともできる。自分の時間を守るのは自分しかないのよ」

現在、私も教師という立場を頂いて、生徒がいま何を一番必要としているかを見極める努力をしている。そして卒業する際には、その子が一生大切にできるプレゼントを添えて送り出している。

天理時報2019年3月17日号掲載