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Special Interview

「常識を、疑え」 名コーチの〝観る力〟

二杉 茂天理大学男子バスケットボール部監督

小倉 勉サッカー元日本代表コーチ


 ジャンルを超えた天理スポーツの指導者が、育成哲学について語る第2回。サッカー元日本代表コーチで天理大学OBの小倉勉さんと、弱小チームだった同大男子バスケットボール部を大学バスケ界の強豪へと成長させた二杉茂さんが、コーチの「観る力」について対談した。

――お二人は、日本代表やJリーグ、大学バスケのコーチを長年続けておられます。これまでのキャリアで、印象に残っていることは。

小倉 A代表ではイビチャ・オシム監督と岡田武史監督のもと、コーチとしてチームに帯同しました。〝名将〟と呼ばれる監督たちは、それぞれ独自の手腕を発揮されるのですが、あえて共通する点を挙げるならば、物事を「これがすべて」と捉えず、常に新しいことにチャレンジする姿勢を失わないところです。
 特に、オシム監督は「サッカー界の常識を疑ってかかる目を持ちなさい。でないと、自分の知識や経験が邪魔をして次へ進めなくなる」「この指導法が一番ということは絶対にない」と、よく言っていました。

二杉 非常に大切なことですね。大学バスケ界では関東に強豪が多く、プロを目指す学生は関西に来ません。3000ccのエンジンを積んだ車に〝軽自動車〟が勝つには、どうすればいいのか。そう考えて取り入れたのが、バスケ界で非常識といわれるディレイオフェンス(遅攻)の戦術だったんです。

小倉 攻守の切り替えが激しく、早い展開になりがちなバスケで、攻撃をあえて遅らせるのは、相当な我慢が必要でしょうね。

二杉 そうですね。個々の能力では太刀打ちできなくても、選手たちが我慢強く戦ってくれたおかげで、関東の強豪と渡り合えるようになってきたと思います。

逆境が育つチャンス

――選手のどんな所に注目していますか?

小倉 僕はスカウトに「1、2点ビハインドのときに、どんなプレーをしているのかを見てきてくれ」と伝えています。やはり、ピンチのときこそ選手の本当の力が見える。と同時に、私は負け方も大切だと考えているのです。

二杉 たとえ試合に負けたとしても、僅差のときは相手チームに与える影響も大きい。指導者として、負けた後でもその点は強調しますね。「見ろ、相手チーム、次の試合で負けたぞ。こちらは勝負には負けたが、内容は決して負けてなかったぞ」って。
 そう意識づけてやると、選手は「勝つチャンスがあった」と感じる。逆境のとき、選手にどう声をかけてやるかは指導者の役割ですからね。チームにプライドを持たせられるか否かも、指導者の言葉一つです。

――コーチに求められる能力とは。

小倉 ピッチ以外で選手を見るとき、いろいろな発見があります。食事のときは、どんなメンバーと一緒にいるのかを、チラッと見たりします。選手たちのグルーピングを意識的に〝観て〟、練習メニューを工夫することもありました。
 見るだけでなく、意図をもって「観る」。その力を養う必要があると思いますね。
 また、近年のサッカーでは、特に科学的なゲーム分析が進んでいます。けれど結局のところ、試合は予測がつかない。そのときの状況や展開に応じて選手自身が解決する力を身に付けさせるのが、僕らの仕事かなと思います。

育成に必要な「我慢」

二杉 ただ、そういった力を養うには時間がかかりますよね。
 卒業後、プロへ進む選手は、ほんの数人です。ほとんどがバスケを辞め、教員になる学生も少なくない。そうした現実を踏まえたとき、彼らの長い人生にとって、バスケがどんな形で生かされるのか。入部してすぐに活躍する選手よりも、3、4年生になってようやく開花する選手のほうが、レギュラーになれない悔しさが分かる指導者になれると思う。指導者には、芽が出ない選手を見守り続ける「我慢」が必要です。

小倉 私たちのチームに、39歳のあるベテラン選手がいます。彼は遅咲きの選手ですが、いまも誰よりも早くグラウンドに来ます。そして誰よりも自分の体のことを理解しており、ケアも疎かにしません。彼のように若手の見本になる選手は、やはり我慢強いですし、人間として魅力があります。
 現在の日本代表も、半数以上が学生のときは芽が出なかった選手です。やはり挫折や苦労の経験があればあるほど人間性が磨かれて、精神的にも強くなると思います。

――人を育てるうえで、天理の環境は。

小倉 大学時代に他競技の選手たちと関わる機会が多く、全国レベルの選手や監督の話を日常的に聞くことができるのは、天理だからこそです。そうした経験が、これまでも、そしてこれからも、大いに役立つと思います。

二杉 大学選手権の優勝チームは、すべて関東の大学です。僕の夢は、そこに天理大学の名を加えること。うちの選手たちは、自慢じゃありませんが、とにかく素直なんです。彼らだからこそ、私が目指すバスケをきっと体現してくれると思います。そして天理で学んだことが、彼らの将来に必ず役に立つと信じています。

天理時報2017年7月23日号掲載


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【にすぎ・しげる】1947年、大阪府生まれ。88年から現職。米国ハワイ大学の「ディレイオフェンス」を天理大に導入したことで、チームを全国屈指の強豪校へと変貌させ、2011年には初のインカレ3位に導いた。「弱者必勝の戦術」として、多くの指導者の注目を集めている。

【おぐら・つとむ】1966年、大阪府生まれ。天理大学体育学部卒。日本代表コーチとして2010年南アフリカW杯でのベスト16、12年ロンドン五輪でのベスト4に貢献した。現在、横浜F・マリノスで選手の育成に努める。著書に『スポーツ脳はこう鍛えろ!』(中央経済社)がある。