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宗教から見た世界 ロヒンギャ問題―理念と現実のはざまで

島田 勝巳 天理大学宗教学科教授


ミャンマーの「ロヒンギャ問題」への対応に、国際社会の批判が高まっている。
「ロヒンギャ」は、ミャンマーのラカイン州北西部に住むイスラム系少数民族を指す。同国内で約100万人が暮らす彼らは、この地で長らく迫害の対象となっており、現在でもミャンマー政府からは「不法移民」と見なされている。
8月末、ロヒンギャとみられる武装集団が警察施設などを襲撃したことを機に、治安部隊による掃討作戦が激化した。その結果、30万人以上もの大量の難民がミャンマー国外へ流出した。
国連のグテーレス事務総長は、今回の事態を「民族浄化の典型例」として、ミャンマー政府を厳しく非難した。国際社会からの批判の矛先は、特にミャンマーの国家顧問であるアウン・サン・スー・チー氏に向かっている。
ノーベル平和賞受賞者で、アジアにおける民主化・人権活動のシンボル的存在でもある彼女が、この問題の対応に全く及び腰であることは事実だ。
だが、その背景には複雑な事情がある。
スー・チー氏はミャンマーの実質的な政治的指導者といわれるが、実際には彼女も現政権も、軍に対する権限を持っているわけではない。軍事政権下で、スー・チー氏が長年の自宅軟禁から解かれたのは2010年であった。現行憲法下でも、国軍は政権から独立した存在になっている。
また、ムスリムの増加に対し、保守派仏教徒団体が対立感情をあらわにしているという事情もある。仏教国であるミャンマー国民の大多数が、その立場を支持している。スー・チー氏が軍部に対するあからさまな非難を表明すれば、軍部どころか、多くの国民の支持を失う恐れもあるのだ。
一方、同じくノーベル平和賞受賞者であるダライ・ラマ14世は、スー・チー氏に書簡を送り、今回の事態に対して「平和と和解の精神に基づき、人々が友好関係を回復するよう働きかけることを求める」と呼びかけたという。
スー・チー氏の人権思想が、仏教的理念に裏づけられていることはよく知られている。だが、同時に、政治家としての彼女は、直面する難題に対し、いかなる形で仏教的な「慈悲」の精神を具現化できるだろうか。
宗教的な理念と現実的な政治のはざま「ロヒンギャ問題」を通して、スー・チー氏と共に、この難問について私たち自身も少しでも思いを巡らすことはできないだろうか。

天理時報2017年9月24日号掲載